次の日。

町への遣いで屋敷をあけていた小十郎が戻ってくると、成実が駆け寄ってきた。


「小十郎!これから俺ら町行くんだけど、一緒に行こうよ」

「?俺は今、町から戻ってきたところなんですが」

「そう言うなって!たまには飲もうよ」


どうやら、伊達軍の兵士達の数名と町に飲みに出掛けるようだ。


「俺は遠慮しておきます。政宗様に戻ってきた報告もしていませんし」

「梵は今たてこんでるよ?知ってるでしょ?今日は仕事詰め」

「ならば尚更、政宗様を差し置いて飲みにいくなど出来ません」

「だーめ。梵の事で話があるんだから、来てもらわないと困る」

「?政宗様の事で?」


訝しげな瞳を成実に送るも、周りの兵士までがうんうん、と頷いているのを見て、仕方なく町に引き返す事にした。



「それで、なんの話です?」


町で馴染みの料理屋に入って腰を降ろすなり、小十郎はすぐさま問いかける。


「まずは飲みなよ、小十郎・・・」

「いえ。話しを聞いてからにします」


酒が入ったところでちょっとやそっとじゃ酔わないのだが、まずは話しを聞かねば落ち着くことが出来なかった。


「そういう深刻な話じゃないんだよ。むしろ酒でも飲みながら気軽に話したいっていうか」

「・・・・・・」


少し考えるようにしていた小十郎だが、成実の呆れ顔を見て仕方なく一口酒を煽った。


「全く。こんだけ梵の事で頭いっぱいのくせに気付かないってどうかしてるよ」

「何のことです?」


言っている意味がわからずに問いかけると、今の今まで黙って机を囲んでいた伊達の兵士達も次々に嘆き始めた。


「筆頭、可哀相っす!」

「あんなにわかりやすいのに!」

「鈍いっすよー小十郎様―!」


訳が分からずいい加減焦れてくると、それを見計らった成実に宥められた。


「小十郎、梵はさ、小十郎にだけ甘えたり意地張ったりとかしてるよね?心当たりある?」

「それがなにか?」


確かにその事は、つい先日実感した。

同時に、伊達の主として周りに示しがつかないならばもう少し口煩くしなければならないとも考え始めていたところである。


すると、その場に居た小十郎以外のものは各々溜息をついた。


一体何なんだ、と思っていると、ドン、と酒の入った陶器を持った成実が小十郎と距離を詰めるようにして座る。


「小十郎、今日はとことん語りあおうよ!」

「は・・・?」


そうしてぐいぐいと強引に酒を注がれ、小十郎は遅くまで酒につきあわされたのだった。





**********


結局隣でぐいぐいと酒を煽った成実は上機嫌で歌を歌いだす始末で、まともな会話をするでもなく、何の目的で連れてこられたのか分からず終いだった。


「すっかり遅くなっちまったな・・・」


政宗に、昼間町へ行った時の報告があったのだが、もうさすがにこんな夜更けに部屋を訪ねるわけにはいかない。

明日改めて報告に行こう、と思いながらも、政宗の部屋の近くを通りがかると、ふらりと足がそちらの方へ向かってしまった。


政宗が小さかった頃は、よく夜更けに部屋の前まで行き、外から様子を伺っていた事を思い出す。

たまに寝付きが悪い時があるようで、そんな時は決まって部屋の戸を薄く開き、月を眺めていたりする子供だった。

身体が冷えてしまうと注意をしにいってからは、戸が開いていないか確認するのが日課になったくらいだ。


―――懐かしいな


あれから随分主は大きくなったものだ、と自然と頬が緩む。


さすがにここ数年、部屋の戸があいているかどうかなど見にきたりはしていなかった。

幼少の折は情緒が不安定なところもあったが、伊達の若き当主として立派な成長を遂げた今となっては、いつまでも月を眺めてぼんやりとする事もなくなっただろう。


そして角を曲がり、ぎくりとした。


政宗の部屋の戸は、人一人が横向きでぎりぎり通れるくらいの隙間が開いていた。


「政宗様」


戸が開いている時は、“起きている時”。

自然とそんな合図のようになっていた日課を思い出す。


けれど、戸のすぐ横に控えても返答はなかった。


「・・・?」


そ、っと中の様子を窺い見ると、戸のすぐ近くで政宗がごろりと横たわっていた。

その手には酒。

身体の近くにも、また別の空となった酒の入れ物が転がっている。


「政宗様・・・風邪を召されますよ」


ふう、という溜息と共に呆れた声を出した。


さして強いわけでもないのに、一人で酒を煽っていたというのか。

小姓は一体何をやっているのだ、と廊下に視線を戻すも、下がらせたのか人の気配はない。


「ん・・・」


先程の呼びかけが聞こえたのか、いつもよりくぐもった政宗の声が地べたから聞こえる。


「政宗様、起きてください」

「・・・ん、・・・」


ぼんやりした返事をするも、隻眼は閉じられたままだ。


すっかり酔っ払っている政宗を無理矢理起こすのは諦めて、そっと注意深く上体を起こさせる。


「お運びしますよ?」


断りを入れてから自らの肩に政宗の腕を回すようにして、腰を支えて運ぼうとしたが、そこで政宗が足袋を履いていない素足だと気がついた。

このままでは引き摺って足を擦ってしまうだろう。

すぐさま考え直し、再度仰向けに横たえた状態で完全に持ち上げて運ぶことにした。


普段ならばこんな抱え方をしたら、やめろとぎゃあぎゃあ喚かれそうだが、今の政宗は腕の中で大人しく収まっている。

その様子が少しばかり可愛らしく感じて、思わずくすりと笑った。


「ん・・・」

「あ」


持ち上げられている浮遊感で起きてしまったのか、政宗の瞳がうっすらと開く。


「こじゅ、ろ」

「はい、今奥にお運びしますのでじっとしていてください」

「・・・ん」


今にも瞼がくっついてしまいそうな程うつらうつらとした状態で、それでも首に手を回してしがみついてきた。


「・・・・・・」


まるで小さい頃の政宗に戻ったような、そんな可愛らしい仕草は久し振りで、内心驚いていた。

絡み酒は勘弁したいが、こんな酔い方なら介抱するのも悪くないと思えてしまう。


「Thank you、こじゅうろ・・・」

「政宗様、布団に降ろしますよ」

「ん・・・待、て」

「?」


腰をかがめかけた所で制止され、起きているんだか寝ているんだかわからない、ふにゃりと力の入っていない顔を向けられる。


「Good night、Honey」


蕩けそうな甘い笑顔とともに、柔らかい唇が重ねられた。


「・・・っ!!」


体を抱えている両手は塞がり、首にしがみつかれた状態では、それを止める術はなかった。

いや、例え両手があいていたとしても、あまりの事に動けなかったかもしれない。

そして触れてきた時と同様にゆっくりとした仕草で唇が離れ、徐々に脱力したかと思うと、次の瞬間にはすやすやと安らかな寝息が聞こえてきた。

政宗は完全に寝惚けていたようである。


動揺する己の頭をなんとか回転させ、そっと身体を横たえて布団を肩までかけてやった。


―――・・・・・・全く・・・とんだ酔っ払い方だ


呆れながらも、幸せそうな顔で眠る政宗を起こさないように、注意しながら部屋を後にした。



自室に戻ってからも、小十郎は胸にもやもやとした違和感を感じていた。


いくら酔っ払っているからとはいえ、いきなり口付けとは。

普段なら当然考えられないし、まさか誰かと勘違いしていたのだろうか?

だがその疑問の答えなどでるはずもなく、余計な詮索はするまいと頭を振ったのだ。




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