「こじゅーろー、芋煮食いてぇ」
畑から採ってきた作物を女中に渡しているところに、政宗がふらりとやってきた。
「政宗様。ちょうど芋を採ってきたところですよ」
「Nice! 待ちきれねぇから俺も手伝うぜ」
着物の袖を捲り上げ、紐でくくりつけようとする政宗に、女中達が慌てて思いとどまらせようとする。
伊達家の当主である政宗は、意外にも料理が好きなのだ。
けれど当然ながら、自分達の仕事を主にさせるわけにはいかないと、皆は必死にとめるのである。
俺が作るだの、私共が作りますだの。到底決着のつきそうにないやり取りに、とうとう小十郎はとめにかかった。
「政宗様、今日のところは稽古でお疲れでしょう?部屋で一息ついていてくださればすぐに小十郎がお持ちしますから」
その言葉にピタリと動きを止めた政宗が、じっと見上げてくる。
「Ah? 仕方ねぇなあ・・・お前が作るんだろうな?」
「無論、そのつもりですよ」
小十郎は、政宗がなにか食べたいとねだってきた時は極力自分で作るようにしている。
精魂込めて作った野菜を喜んでくれるのが嬉しかったし、そもそも主の世話をやく事は、小十郎にとって生き甲斐なのだ。
鼻歌を歌うような上機嫌で政宗が立ち去ると、早速料理の準備を始めた。
「殿は本当に片倉様を信頼してらっしゃるのですね」
目尻に皺の入り始めた年頃の女中が芋を煮る手伝いをしてくれる。
すると、もう少し若い女中達も火をおこす準備をしながら同調してきた。
「本当に。違えぬ絆を感じます」
「長くお傍にいさせてもらっているから、未だに甘えてきてくださる」
甘えてくるには大きな年なのだが、という皮肉もこめて苦笑いをしてみせる。
すると女中は、くすくすと笑む。
「ええ。政宗様は片倉様の前でだけは弟のような振る舞いをされる」
「兄上様のように慕われていらっしゃるお姿は本当に可愛らしい」
「これ、そのような無礼な」
女中達の楽しそうな会話を聞きながら、小十郎は少し意外に思っていた。
政宗の甘えぐせをどうしたものかと思っていた矢先だったのだが、よくよく考えてみれば最近の政宗は随分大人びてきたし、元より誰にでも心を許して甘える人ではない。
傍に居すぎていて気付かなかったが、政宗が甘える相手というのは自分以外あまり思いつかなかった。
要は皆の前でしっかりしてくれているならば、甘えぐせが直らなくても問題はないわけである。
―――だが示しがつかねぇのも考えものだしな
湯の具合を見ながら、小十郎は眉間に皺を寄せて考え込んだ。
出来上がった料理を膳にのせ部屋へ向かっているところに、成実と鉢合わせた。
「んまそー!梵の昼飯?」
「そうですが」
「梵喜ぶだろうねー。小十郎のお手製」
「・・・はあ」
手料理を持って行くのはさして珍しい事でもないから、改めて喜ぶだろう、と言われても間の抜けた返事しか返せない。
「まあ、意地っ張りだから、そんなあからさまに嬉しい!って顔するわけでもないんだろうけど」
「はあ」
料理が冷めては困るので、そのまま軽く返事をして歩きだす。
「あ、あれ?ちょっと小十郎?ってまさか気付いてないわけじゃないよねー?」
後ろからしつこく声をかけられるが、冷めるといけないので続きはまた今度聞きます、とだけ答えて歩を進めた。
「政宗様」
声をかけて部屋に入ると、何をするでもなく寝転がっていた政宗と目が合う。
「遅かったじゃねぇか小十郎。早く食わせろ」
「またそのような格好で・・・だらしがないですぞ」
ぴょんと跳ね起きて、待てないといった様子で近づいてくる。
「政宗様。そちらに運びますから」
「ん」
返事をすると、部屋の中央へ戻り座布団に座ってこちらを見上げてくる。
「まったく・・・まだまだ子供のようですぞ」
呆れ笑いをしてみせると、政宗は屈託なく笑う。
「いいじゃねぇか。お前の前でだけなんだからよ」
「・・・」
その言葉に、やはり自分の前でだけ子供のような振る舞いなのか、と再認識した。
「まあだらしがねぇのは成実の前でもやってるか」
そう言うと、箸を取って目の前の料理を食べ始める。
小十郎はそんな政宗の姿を見やりながら、窘めるべきか否かと、知らず知らず眉間に皺を寄せて考えこんでいた。