「政宗様!いらっしゃいますか?!」

「んな大声出さなくても聞こえてる」

「・・・っ失礼致します」


朝からドタバタと慌てて小十郎が部屋にやってきた。


今日城を発つはずが、準備をして厩に行くと、既に数名が政宗の命で出発した後だったのだ。


「昨日申し上げたはず。この件は小十郎が責任を持って・・・」

「まだあるぜ、小十郎」

「?」


政宗は、綱元が記した長い長い書面を開き、読み上げていく。

そこには小十郎がこなしている仕事の数々が事細かく記されていた。


初めの数行読むと、後は自分で確認しろ、とばかりに小十郎へ投げ渡す。


「そこに書いてあんのは全部、他の奴らがやる仕事になったんだとよ。最初は手順とか聞いてくる奴もいるだろうから宜しく頼むぜ」

「な、なんと・・・?!」


小十郎の顔は赤くなったり青くなったり、珍しく感情が外にでている。


「綱元の計らいだ。お前は色々やり過ぎなんだとよ」

「そのような事は!それに自分でやらねば自分が納得しないのです」


「もうお前の癖みたいなもんかもしれねぇけどよ、皆、小十郎が一人忙しくしてる事には反対みたいだぜ?な、綱元?」


声をかけると、廊下に控えていた綱元が顔を出した。


「兄上!これは一体どういうことですか」

「お前の仕事ぶりは、もう誰もが認めているはずです」


重要な仕事から、それこそ小姓に任せれば良いという小事に至るまで、政宗に関わる事は大抵小十郎が絡んでいる。


「けれど、お前とて所詮は人の子。容量というものがあるのです」

「しかし・・・っ今までも無事こなしてきております」

「殿のお相手をする大切な仕事が疎かになっては本末転倒ではありませんか?」

「!」


思わず政宗も、驚いた顔になる。


「おい、綱元。俺ぁもう、そんな子供じゃねぇよ・・・」


確かに昨日は子供のような駄々をこねて小十郎と喧嘩をしてしまったのは事実であるが。


「けれど景綱も、殿のお世話をするのは生き甲斐でしょう。それが多忙のせいで思うように出来ぬゆえに、景綱も政宗様も、不満が溜まり癇癪を起こしあっているようにお見受け致しますぞ?」

「な・・・っ」

「Ah?!」


綱元の発言に、二人同時に声をあげた。


「奥州の竜とその右目が仲違いをしていたら、下々の者が不安を感じます。民の為にも、ご協力くださいませ」





**********


うまく、綱元に丸め込まれたような気もする。


今は自分が仕事を大量に抱え込んでるとはいえ、戦が始まれば政宗の背を守るという最も重要な役割がある。

それに集中する為にも、他の者にこれからどんどん仕事の指示をだすつもりではいたのだ。


その機が早くなっただけの事ではあるのだが・・・


―――昔から政宗様には甘いお方だ。


綱元は穏やかな印象と異なった厳しくやり手な一面があり、皆からは一目おかれているのだが、こと政宗に関しては非常に甘い。



「こじゅーろー」

「は」

「そこ、西に少し行った所に」

「泉、で御座いますか?」

「That’s right!わかってんじゃねぇか!」


政宗は口笛を鳴らしてニカリと笑った。


「政宗様は昔から水浴びがお好きでございますな」

「秋に水浴びする奴がいるかよ!」


からかわれる事もまるで気にならないようで、政宗はご機嫌である。


綱元が出掛ける支度を整えてくれていて、半ば追い出されるかのように二人で城を出発したのだ。


木々が鬱蒼としてきた辺りで馬を繋げ、あとは歩いて目的の場所へ向かう。


随分昔になるが、以前二人でここを訪れた事がある。


「こりゃあすげえ」


森の木々が急に開けるかのようにぽっかりとその空間は存在していた。


深緑の中に空とも海とも異なる蒼が静かに広がっている。

聞こえてくるのは小さな川へ流れていく水の音ばかり。


「覚えていてくださったのですね、この泉の事を」

「当然だ。昔お前が連れて来てくれたんだよな」


あの時政宗は元服して間もなく、やはり今のようにお互い慌しく過ごしていて、小さな政宗が周囲の圧迫に押し潰されてしまうのではないかと不安になったのだ。


少しでも息抜きになればいいと思い、城を抜け出し連れて来た。


「懐かしいよな。けどこの泉、もっと大きくなかったか?」

「それは政宗様があの時より大きく成長なされたからでしょう」

「Ah?そういうもんか?」


そして二人並ぶようにして泉の傍に腰を下ろした。


「mysteries!」

「どうなさいました?」

「離れて見た時は真っ蒼だったのに、近づくと透明に近い蒼だ」


泉の水の鮮やかな緑がかった蒼は、近づけば少し透明で浅い底が覗けるくらいだった。


「そうですね。遠くで見ていてはその蒼に埋め尽くされて見えませぬが、元は透き通った蒼。近づけば中にある小さな石や魚を目にする事もできますな」

「なんか一首詠めそうじゃねぇか」


くすり、と笑った政宗の表情は、いつもより柔らかい印象を感じた。


「唄が出来ましたらお聞かせ願えますか?」


―――この泉は、政宗様のようだ


そう思った。


強い蒼。

近づくのを躊躇うほどに美しい蒼。


けれどいざ傍に寄ってみれば、中には柔らかな優しさがある。


不意に、こてりと肩に重みを感じた。


「政宗様?」

「外でこうやってお前と二人でいるのは随分久しい」

「ええ」


政宗は甘えるように、ぐりぐりと頭を肩口に摺り寄せてくる。

昔ここを訪れた時も、身体を預けてくる政宗の頭を撫でながら、いつまでも座っていた事を思い出した。


ぼんやりと思い出に浸っていたら、自然とその髪の毛を梳いて撫でてしまっていた。


「あ・・・」

「・・・こじゅうろ?」

「も、申し訳ありませぬ、つい、昔が懐かしくなってしまい・・・!」


慌てて手を離すと、その手を掴まれて肩にまわすように持って行かれた。


「いいじゃねぇか、今だけは誰も見ていないんだぜ」

「・・・困ったお方だ」


そう笑って、頭をそっと抱き寄せる。

昔は、身体を寄せ合うと心の中が温まっていくような、穏やかな愛情を感じていた。


同じような心地良さを想像していたというのに、何故だか今は落ち着かず、鼓動が早まっていく。


「小十郎、昨日は餓鬼みたいな事言って悪かった」


緊張を感じて少し固くなっていた小十郎の肩口で、政宗がぼそりと呟いた。


「・・・!そのような。申し訳ありませぬ。小十郎が優先順位を違えた事が原因です」

「Ha!お前も大概甘いよな。だから俺が我儘に育っちまうんだぜ?」


くすくすと笑い出した政宗から伝わってくる雰囲気は柔らかく、心を許しきってくれているのだとわかる。


「お前は竜の右目。そうだろ?」

「如何にも」

「なら、あまり傍を離れるんじゃねえ」

「!」

「・・・近くに居なけりゃ見えねぇ事もある。けどよ、逆もまた然りだ。近くに居すぎて見えなかった、離れてみて初めて気付いた事がある」

「はい」


政宗の話に耳を傾ける。


「俺は、随分前からお前に支えられてきた。今ここに在るのは小十郎、お前のおかげだ・・・礼を言うぜ」

「政宗様・・・?!」


思いもよらぬ主の言葉に驚き、身体を寄せ合っている事への緊張感も吹っ飛んだ。




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