リク小説です。
「こじゅーろー」
スパン、と小気味良い音をたてて襖を開け放つが、その部屋の主はいなかった。
「なんだよ、ここにもいねぇのか」
思いつく所は粗方探しつくした。
ここの所、数日同じような事を繰り返している。
「梵、まーたこんなとこで何してんの!」
呆れた声の主に目を向ければ、従兄弟の成実だった。
「小十郎知らねぇか?」
「さあ?どっかで仕事やってんじゃないの?」
「まあ、そうなんだろうけどよ・・・」
「なんか急ぎの用?」
「いや別に用ってわけじゃねぇけどよ」
ここ最近、めっきり姿を見ていない。
「あいつ、忙しくしすぎじゃねぇか?まだ次の戦の時機でもないってのによ」
「全く・・・梵もいい加減小十郎離れしたら?もう傅役でもないんだから付きっ切りで傍に居ろってのは無理でしょ」
「・・・!うるせぇ、誰もそこまで言ってねぇ」
ちっ、と舌打ちをしてそっぽを向くと、その背中をぐいぐいと押された。
「忙しくしてる間に梵が怠けないよう見張っておいてくれって小十郎に頼まれてたりするんだよねぇ」
この裏切り者!と政宗が喚くのもお構いなしに、成実は抱えこんできそうな程の強い力で政宗を部屋へ連れ戻そうとする。
「俺は、小十郎に用があるんだよ!!」
「さっき用はないって言ってたくせに」
廊下でぎゃあぎゃあと喚いていたが、つっぱねた所で小十郎の居場所がわからないのならば無駄なあがきだと渋々部屋へ戻った。
「もしかして最近ずっと探してる?本当に用があるなら、誰かに探しに行かせようか?」
「・・・いい」
「じゃあ、小十郎見かけたら梵が呼んでたって伝えといてやるよ」
「・・・・・・」
そう言い残して、程なく成実も去っていた。
結局ふりだしに戻り、仕方なく文机の前に腰を下ろす。
小十郎が、伊達の繁栄の為にと役割以上に仕事をこなしてくれている事は重々承知していた。
けれどわかっていたところで、顔を合わせる暇もないのは辛い。
距離ができて初めて、存在の大きさを実感させられたのだ。
政宗は、家督を継いでしばらくは目の回る忙しさだったが、それが今ようやく落ち着いてきたところである。
慣れない事や周囲の重圧に潰されそうになっても、いつものように跳ね除けてやってこれたのは自分の力だけではない。
小十郎が隣で支えてくれているという安心感から、強く在れたのだ。
だからどうしても、顔を合わせたいし、面と向かって礼を言いたくなったのである。
それに、たまには昔のように二人で過ごす時間も欲しいと望んでいた。
「政宗様、小十郎に御座います。成実殿より政宗様がお呼びだと伺って参りました」
ぼんやりと物思いに耽っていたら、部屋の外から声を掛けられる。
散々探し回っていた小十郎本人だった。
「お、おう・・・入れ」
「失礼致す」
姿を目にしたら、妙に懐かしく少し照れくさかった。
なにせ、ここ最近はゆっくり言葉を交わす事すらなかったのだ。
「久方振りだな、小十郎」
「は、今朝もご挨拶に伺いましたが」
「は?」
顔を見たのは何日ぶりか、と思っていたのに小十郎が妙な事を言う。
「やはり、覚えてらっしゃいませぬな。毎朝、ご挨拶をさせて頂いているのですが」
「Ah?最近はずっと起こしにくるのは小姓じゃねぇか・・・」
「ええ。政宗様は完全に起きてくださるまで時間がかかりますでしょう。ですから一言お声を返してくださったら、後は小姓に任せて出掛けていたのです」
全く記憶にない。
小十郎がわざわざそんな嘘をつく必要はないし事実なのだろうが、すんなりと納得する事ができない。
「俺も返事してんのか?」
「ええ」
信じられないといった顔で目を丸くして訊ねる姿に、少しだけ小十郎の纏う空気が優しいものに変わった。
『政宗様、起きてください』
『んぁ』
『本日は南下する際に南西の林の道が使えるか確認しに行こうと思います』
『ん』
『それでは政宗様、行って参ります』
『・・・行って、こ・・・、こじゅー・・・ろ』
「What?!そんなしっかりした会話してんのか?」
「しっかり、か、どうかは些か疑問ですが、名を呼んでくださっているのは事実ですな」
自分の寝起きの悪さは自覚しているつもりだったが、ここまでひどいとは思っていなかった。
ずっと顔を見ていないと思っていたのは自分だけで、小十郎からしたら毎朝顔を合わせているということである。
久方振りも何もない。
「なんか納得いかねぇ。ずっと会ってないって思ってたのによ・・・」
「小十郎は毎朝、起き抜けの政宗様を拝見しておりました」
「・・・なんか不公平じゃねぇか・・・俺だけ、寂しいとか・・・」
そこまで言って、はっとした。
慌てて口を噤んだものの時既に遅く、とんでもない事を口走ってしまった。
成実に小十郎離れしろと言われるのも、仕方がない事だとようやく自覚する。
もう甘えるような年でもないというのに。
「寂しいと思ってくださっているのですか?まだまだ小十郎も捨てたもんではありませんな」
「なんだそれ・・・」
くすくすと小十郎が笑うので、さすがに恥ずかしくなる。
「昔は小十郎が傍にいないと駄目だと、いつも言ってくださっていた事を思い出しまして」
「God damn!余計な事思い出すな」
「・・・時に政宗様、そこに積み重ねられている書の類は」
「Ah?こ、これは今丁度やろうとしてたところだ」
「それならば宜しいのですが。きちんと期日をお守りくださいますよう」
内心自らの失言に慌てていたので、話が逸れた事に安堵する。
我儘な物言いは珍しくもないから、聞き流されたのかもしれない。
けれど、幼い頃に小十郎が傍に居てくれないと嫌だと駄々をこねた時とは、寂しいという気持ちの種類が違う。
大切な半身と離れ離れでいる。
まさにそんな気持ちなのだ。
けれど、この右目は全く気付いていない。
隠し事や悪事には目ざといくせに、肝心なところでは鈍感なのだ。
「・・・さて、小十郎はそろそろ参ります」
「?もう行くのか?たまには酒つきあえよ」
「いえ。まだやるべき事を残したままですので、今日のところは遠慮させて頂きます」
きっちりと頭を下げて、引き止める間もなく退室しようとする。
「お、おい小十郎!今度、久し振りに馬で出掛けようぜ!」
次にまともに会話できるのがいつなのかわからないので、とにかく約束を取り付けようと必死に声をかけた。
「政宗様・・・政務がそのように溜まっていては城をあけるわけには参りませぬぞ」
「・・・Shit!たまにはいいじゃねぇか!もうずっと城に篭りきりだぜ」
久し振りのおねだりだというのに小十郎はなかなか首を縦に振らない。
「なあ、小十郎―」
たまには城の外で気分転換をしたいというのもあるが、小十郎と二人で過ごすにはこういった機会をつくらねば叶いそうにない。
文机に頬を預け突っ伏した状態で手の平を合わせると、拝むように懇願した。
「政宗様・・・お顔をおあげください、殿がそのような振る舞いをなされるな」
小十郎の顔を盗み見ると困ったような顔をしていて、もう一押しだと心の中でニヤつく。
「なあ。頼む、身体が鈍って仕方ねぇ」
ちらり、と上目遣いでみやると、観念して首をふる小十郎がいた。
「でしたら、今そこにあるものを全てお片付けください」
「!OK、やってやるぜ!」
途端に勢いよく机から顔を上げてニカリと笑った。
褒美が目の前にあると思えば、面倒な政務もやる気がでるというもの。
小十郎と出掛けるのはいつ以来か。
握り飯を持って馬を飛ばして。
森の中には小さな泉があったから、そこにも立ち寄ろう。
その“ご褒美の日”を想像したら、楽しみで仕方がなかった。