5.side Bontenmaru



思ったより柔らかくて熱い。


自分で仕出かしながら、初めての感触にうっかり頬が染まってしまう。


「〜〜〜」


例えば手と手が触れ合うような。

そんな普通の感覚しか思い描いていなかったのだ。


「ぼ、梵天丸様・・・」


「OK 何も言うな・・・ちょっとしてみたかっただけ」


己の顔を手で隠すようにして、反対側の手では小十郎に向けて「もうあっち行け」の意思表示。



はあああぁ

と深い溜息が聞こえる。


政宗は己の紅潮した頬を隠すのも忘れ、小十郎の顔を睨む。


「なんだ、それ。喧嘩売ってんのか?!」


小十郎はそんな反応にもまた溜息をつく。


「て、てめ!」


すると、ふわり、と近づいた小十郎の顔が随分近くまできていた。


「?!」

「梵天丸様、ご自分のなさっている事がわかっておいでか?」

「な・・・っ!・・・ん?!」


小十郎に反論しようとしたところで、思い切り唇が塞がれた。


再び訪れた柔らかい感触に、一瞬頭が真っ白になる。

そのままそれは噛み付くように深くなり、小十郎から口付けをされているという事実をようやく理解した。


自分から仕掛けたこととはいえ、慣れない行為についていかない気持ち。

焦って無意味にじたばたと暴れる。


「ん・・・っは、なせ・・・っこじゅ・・・!!んんん・・・っっ」


・・・くっくくくっ


ようやく解放されたかと思うと、小十郎が珍しいくらいに破顔して声も殺さず笑い始めた。


「・・・て、おま・・・こじゅう、ろう・・・・・・っっっ!!!」


多分今の自分の額の横には青筋がたっている事であろう。


確かに、先ほど甘い空気が一瞬流れたような気がしていたし、気持ちが通じ合って小十郎から口付けされたと思ったのに。

目の前の男はさも可笑しくて耐えられないというように腹すら抱え始めた。


「も、申し訳ありませ、ん。梵天丸様・・・っ」


笑いを無理矢理引っ込めようとするその姿さえ憎たらしい。


「何が可笑しい・・・・・・っ」


梵天の怒りの形相にようやく慌てた小十郎が、弁解をはじめる。


「その・・・あまりに梵天丸様がお可愛らしく・・・微笑ましくなってしまいまして・・・」

「Hah?!」


「ですから・・・胸がいっぱいになってしまいまして」

「意味がわからねぇ・・・誤魔化そうとしてんじゃねーぞ小十郎・・・俺の事を謀っておもしれぇか?!」


確かにからかいたくてした行為だったが、小十郎からも口付けてもらえた事に、柄にもなくときめいてしまっていたのだ。

そんな感情を持て余して、恥ずかしくなりうろたえた所を大笑いされて、もう腹の虫がおさまる気など到底しない。



憎たらしい男を睨みつけると、顎に手をあて、なにか思案しているような表情をしている。

どうせなにか機嫌をとるような事でも考えているんだろうが、絶対機嫌などなおしてやるものかと毒づく。


すると小十郎は、観念した、というように首を振った。


「正直に話しますから・・・ご機嫌を直してください・・・」

「・・・・・・しるか」


「梵天丸様・・・」

「しらねぇ」


「お話します」

「しらねえっつてんだろ」


「小十郎は」

「あ゛ーーー」


「こじゅうろうはっ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜」


梵天は自分の両手を耳にぴたりと合わせて、小十郎の声を遮る。


「 お 聞 き く だ さ い ! 」


小十郎は、少し照れたような柔らかい笑みを浮かべたまま、裏腹な力強さで手を引き剥がしにかかる。

そして、梵天の右の手を自らの心の臓の上辺りに押し当てた。


行為の意味がわからず、まだ口をへの字に曲げたまま睨んでいたが、思いの外鼓動が速い事に驚く。


「小十郎は、梵天丸様が求めておられるのが、もっと・・・いかがわしいものと勘違いをしてしまいまして・・・」

「え?」

そのつもりだったけど


「お恥ずかしい限りです。ご無礼をお許しください。まさか口付けに興味がおありだっただけとは・・・いえ、忘れてください」

「・・・???」

「あまり小十郎を困らせてくださいますな。お可愛らしい梵天丸様に誘惑でもされているのかと焦りましたぞ」


照れたように優しく笑われて。

触れて伝わる未だ早鐘をうつ鼓動に、自分の心音まで加速してしまう。


本当は、小十郎の懸念通りの意味で迫っていたのだが、口付けだけであんなにも動揺してしまった己には、この先に進む為の度胸が足りぬと実感せざるを得ない。



―――もう少し経験をつんでから、仕掛けるしかねぇな・・・



勿論、経験というのはまたその手の書物を読み漁る事である。





6.OMAKE



部屋を後にした小十郎は、壁に手をつき俯いていた。


「危なかった・・・」


実は一度理性の箍が外れかけた小十郎だが、梵天が口付けで精一杯な姿を見て、幼い主に働いている無体に我に返ったのである。


笑い飛ばす事で鋼の理性を貫き、大事にまでは至らずにすんだものの、そそり立った己がおさまるはずもなく人知れず深い溜息を吐いた。



幼い梵天が家臣と深い仲になってしまうのは、時間の問題かもしれない。




■□戻□■