政宗は昔から厚着を好まなかった。
奥州の冬は雪に閉ざされ、寒さが厳しい。
それでも構わず薄着でフラフラする癖のある主に、いつも羽織を持って追いかけ小言を言ったものだ。
そんなやり取りを何度繰り返しても改める気はないようで、
「お前が持ってくるんだからいいじゃねえか」
なんて笑顔を見せられた。
「政宗様、春先にそれでは夕方から寒くなります…」
小十郎は、挨拶を交わしたのちすぐにそう口にした。
「Ah〜?」
待ち合わせの場所に現れた政宗の服装は、涼しげな半袖姿。
確かに今日は時期の割に暖かいが、半袖だけでちょうど良いのは日中の間だけだろう。
今日は政宗の提案でいつもより遠くまでツーリングに行く予定だ。
遅くなるだろう帰り道で、寒がりの政宗が「さみぃ」とふてくされるのは目にみえている。
「出かける前に上着を買ってから行きましょう」
「Ha、必要ねぇ。上着なら持ってるからな」
政宗は、よく聞いてくれたとばかりに得意気に口端をあげる。
だが、斜めにかけたショルダーバッグは、今日の活発なスケジュールにあわせてだろう、軽くて小さいもの。
到底上着が収まっているようには見えない。
「そこに・・・入っているのですか?」
「Yes!このカバンは3次元ポケットだからな!」
「・・・それを言うなら2次元ポケットでは?」
「本当に入ってるから、3次元であってんだよ!!」
ああ、なるほど。と呟き小十郎はようやく信用した。
「しかし、政宗様が上着を用意されるようになるとは、この小十郎驚きました」
本当はわかっているのだ。
薄着でいれば、愛しい家臣が羽織を持って追いかけてきてくれること。
上着を持たずにくれば、愛しい恋人が要らぬ道草をしてでも、上着を準備しようとしてしまうこと。
だから“今”の政宗は上着を準備する。
「Hey、小十郎。とばしていくぜ?」
政宗はバイクに跨り、遠い昔と同じように演技がかった台詞。
「御意に」
あの時よりほんの少しだけ柔らかい瞳で小十郎が答え、それを合図にバイクを走らせた。
今日の目的地だった展望台のある丘は、既に日が落ち始め夕焼けの中にいた。
「さっっっっみぃ!!!!」
予想よりもはるかに大袈裟で不機嫌な声。
「とても薄い上着だったのですね」
政宗が持ってきた上着はナイロン素材のもので、器用にくるくると畳んでカバンの底に収まっていた。
それを羽織ってみるも、思ったよりも寒さが厳しい。
「Shit!・・・さみぃさみぃーっ!」
誰にというわけでもなく文句を言う政宗に、やれやれ、と小十郎が溜息をついてみせる。
「〜〜〜」
呆れられてる事もまた面白くなくて、むうっとあさっての方向をむく政宗の背中を、包むように抱きしめた。
「!」
よっぽどの不機嫌でない限り、小十郎が触れれば政宗はおとなしくなるのだ。
小十郎は、それが、“昔”の政宗が梵天丸だった頃からの条件反射のようなものだと思い込んでいるが、それでも嬉しい事にかわりはない。
「・・・あったけぇ!」
途端に生き生き嬉しそうに顔を上向かせるものだから、笑みも深くなってしまう。
そのかっこうのまま、かじかんだ政宗の手を握りこんだ。
「!」
小十郎の手の暖かさとはまた別に、一緒に握りこめられた熱があった。
「おまえ、なんで今こんなもん持ってんだ?!」
季節はずれのそれは、冬の政宗の必需品―――カイロだった。
しかも貼る方。
「ポケットに入っておりました」
にこにこ、と笑った小十郎は、一通り手をあたためてやると、政宗の背中に貼りはじめる。
「失礼」
「・・・ちょ、急に手いれてくんな!」
「背中に貼ると身体中暖かくなりますよ」
「〜〜〜なんか俺じいさんみてぇじゃねーか・・・」
「小十郎しか貼っている事は知りませんから、お気になさらず」
別にもう寒くねーよ、と口を尖らせて、小十郎の腕の中から逃れる。
すると、尖らせた唇まで覆うように、ふわりとマフラーでくるまれた。
―――どうなってんだよ、その上着のポケット・・・っ
手品のように出されたマフラーは暖かくて柔らかくて、小十郎の匂いがする。
「観念して、この近くの店で上着を買って帰りましょう」
「ば・・・!お前、俺に真冬の格好でもさせるつもりか?!ここまでされたら寒い隙間なんてイッコもねぇよっ!」
その言葉に満足したように小十郎が微笑んで、もう一度マフラーに手をかけ、きちんと巻きなおしてやる。
そのまま唇に暖かいものが重なった。
「・・・っ!!」
不意打ちに目を見開く政宗に、唇が寒そうでしたので。としれっと言う。
からかい過ぎたか、と小十郎が政宗の左目を覗き込むと、
「まださみぃ。もうちょっとあっためろ」
と挑発的な瞳で見上げてくる。
少し頬が紅潮しているのは見なかったフリをして、もう一度唇を落とした。