「Hey、小十郎!!今日はお前の日だぜ!!」
「は・・・?」
政務をこなしているはずの政宗が、いきなり小十郎の部屋に飛び込んできた。
「今度はなんですか・・・」
今日は、朝からお忍びで城下に行こうとしていたところを見つけ、小言ののちになんとか文机に向かわせたというのに、もう飽きてしまったのだろうか。
「さっき気付いたんだけどよ、今日暦は何日だ?」
「五月十六日ですが、それが如何いたしましたか?」
「馬鹿野郎、まだ気付かねぇのか?五月十六日(こじゅうろう)の日じゃねえか!」
「・・・・・・・・・・・・」
たっぷりの間をあけたのちに、はあ、と大きな溜息をついた。
「全く・・・何かと思えばそのような戯れ言を・・・」
小十郎は、政宗が仕事をしたくないばかりに、気を反らそうとしているものだと思ったのである。
「Ah?なんだよ、驚かねぇのか?俺はさっき偶然気が付いて、早くお前に教えてやらねえとって思って飛んできてやったんだぜ?」
「・・・・・・」
政宗を自室に戻らせようと立ち上がった小十郎だが、必死に説明している様子と、背に隠しているものとを見て、どうやら本当に“小十郎の日”というものを伝えにやってきたのだとわかった。
「政宗様。背に何を隠してらっしゃるのですか?」
「Ah?・・・Shit、見えてやがったのか」
すると、少し不貞腐れた様子で、背に隠していたそれを目の前に差し出してくる。
丸い盆の上には二人分の茶と菓子。
「祝いだ。構わねぇだろ。酒じゃねえんだし」
「当たり前です、昼間から政務中に酒などと・・・」
「Stop!小言はナシだぜ、小十郎」
うまく丸め込まれたような気もするが、息抜きも必要だろうと思い直し、政宗の提案通り一息つく事を渋々承諾した。
「本当なら盛大に宴でも開いて祝ってやりてぇところだが、なにせさっき気付いちまったからよ、すぐ用意できるもんがこれくらいしかなくて悪ぃな」
天気も良いからと、中庭の縁側へ移動しようという政宗に従って歩くと、屈託のない笑顔で振り返ってくる。
小十郎はこの笑顔に弱い。
傅役だった頃、幼い政宗―――梵天丸が何かを思いついた時などに見せる、得意気で無邪気な笑顔が脳裏をよぎるのだ。
そんな時は、いつもなら厳しく小言を言うような場面でも、少しだけ柔和な態度になってしまう時がある。
「このような準備をして戴くだけでも勿体無い事です。・・・ですが、一息いれたらまた続きをしてくださるのでしょうな」
「All right、わかってる。ただし、いつもより長めの休憩な」
「・・・仕方ありませんな」
目的の縁側までやってくると、最近だいぶ暖かくなってきたせいか中庭の緑が濃く色付き、夏に向かう季節の移ろいを感じさせられた。
先にどかりと腰かけた政宗は、見上げるようにして小十郎を仰ぎ見、口を開く。
「それで、明日は鷹狩りな」
「・・・何故そうなるのですか・・・明日は何の日でもないでしょう」
「小十郎の日の次の日だ」
「政宗様!ご自重なされよ!・・・・・・」
雷を落としかけて、主を前に未だ立ち上がったままという無礼に気付き、小十郎も傍らに腰をかけた。
「今日ちゃんと祝えてねえんだから、振替日だ。当然だろ?」
「当然などと、ごく当たり前のように仰らないで頂きたい・・・」
茶を政宗に手渡しながら、呆れた顔をする。
「仕方ねぇなあ・・・じゃあ、ほら、口開けろ」
「はっ??」
茶を軽く一口啜った政宗は、ひとつ饅頭を手に取ると、それを小十郎に向かって差し出してきた。
「今日はお前の日だからServiceしてやらねぇとな?」
「さぁびす・・・?」
会話の流れから言葉の意味は大体想像がつき、呆れ顔に拍車がかかる。
「ほら。口」
「戯れも大概になさってください!」
「Ah〜?お前の日を明日に振替られねぇんなら、今日充分に満喫しておかないとならねぇだろうが」
「ま・・・っむぐ、」
窘めようと開いた口は、政宗が押し込んできた饅頭によって塞がれた。
「今日お前が口にするものは全部俺の手ずからにしてやろうか?」
「・・・っっ」
「Hum。それでも足りねぇよな?他に何か望みはあるか?」
政宗はふざけているのであろうが、わざと真剣な表情で問いかけてくる。
一方の小十郎は、一度詰められた饅頭を口から吐き出すわけにもいかず、早く飲み込もうと咀嚼するのに必死だった。
そして、すぐには口を開けない事から、無言のまま首を横に振る。
「Ah?何がいいって?添い寝もしてほしいってか?」
更に激しく首を横に振る。
「昔はたまに一緒に眠ったよなぁ。懐かしいじゃねぇか。今日は一緒に寝」
「政宗様っ!今日中に明日の分も全て終わらせて、明日鷹狩りに行かれますか!」
半ばヤケになって小十郎は叫んでいた。
「・・・Nice!振替ってことだな?」
「・・・・・・・・・全て終われば、ですぞ」
「All right!!」
政宗はしてやったりな笑顔で、今度は自分が饅頭を頬張り茶を呷ると、軽やかな足取りで自室へと戻っていったのだった。
残された小十郎は、どっと疲れた気分で頭を抱えていた。
―――全く・・・聡明で愛らしかった梵天丸様はどこへ行ってしまったのやら
明日の振替“小十郎の日”も鷹狩りだけで済むかどうか。
小十郎の胸に一抹の不安がよぎったのであった。